たまりば

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2018年01月27日

自分史よりも 他人史からスタートすると


自分史は誰でも一度ぐらいは考えてみたことがあると思うのですが・・・・。
しかし、刊行まで辿り着く人は少ないのではないでしょうか。実をいうと自分も、中断組の一人です。かつて書くことはいくらでもあるから、始めれば何とかなると、いろいろな話題で書き始めて見たのですが・・・・そんなに簡単に次のステップには進みませんでした。

何十年も生きて来たのだから、書くことは山ほどあるのですが・・・、実際に取り組んでいるうちに、「これは誰が読むのだ?」「他人に読んでもらえるような内容ではないから本にする意味があるのか?」「家族だって、あらためて読むほどの意欲もないだろう?」「売れる物でもないし、ただ刊行するだけなら、努力しても意味が無いのかな?」などと、書こうとすればするほど、いろいろな疑問や迷いが出て来て、だんだん意欲が萎えてしまいました。


人それぞれに、歩んできた道は違うので、みんなが同じように中断する過程を辿るとは思えませんが、どんなに出版社が後押しをしてくれるとしても、やはり最後まで自己責任でコツコツと取り組み、人に頼らずゴールに達するのは難しい。 そう感じる人が大多数ではないかと思うので。


こんなにくっきりと晴れ渡った空のように完成までの道のりが見えるのであれば、取り組む意欲も断然違ってくるのですが・・・・。そこで、ちょっと考えてみました。自分史だからといって「原稿づくり」のすべてを一人で頑張るのではなく、同好会的にグループを作って、その仲間同士が順番を決めて、一人分ずつを完成させるまで協力するという方法があったらどうかと・・・。

現在でも、街に出れば「自分史同好会」的な組織は結構あるようですが、それも結局は「集まって自分のことを自分だけで書いてる」という
方法のようです。 それでは自宅でやっていても同じことです。


やはり、集団の力を活かすには、「集団が、一人のために刊行までを後押しする」体制が必要だと感じます。つまり10人が集まったら、9人が(公平な順番で決まった)最初の人の為に協力する。協力すべきことはたくさんあります。資料提供、データ提供、話し合いで書くべきテーマを引き出す、校正や添削などで文章を練り上げる・・・・など、など、 他人が加わると効率が一気にあがります。 つまり、自分史を書くには、他人史を後押しするところから、始めると必ず自分への後押しとなって返ってくると考えること。

この方法で一人ずつ順送り、自分の順番になったら支援を得られて完成の確率が高くなるとわかれば、他人への応援にも力が入ります。

 この写真のように新聞社が自分史づくりを応援する企画も、たくさんあるようですが、そこに参加する前に、自分が納得出来るような原稿づくりの目途がついてから参加したほうが、時間的にも経費的にも大いに効率的ではないか・・・・・・と、昨今はこんなことを考えております。

近いうちに、そういう趣旨に賛同してくれる方を探してグループの立ち上げをと、目論んでおります。





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