たまりば

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絵葉書の富士山。ここは何処でしょうか。




先日、天気の良い日に富士山を見に行ってきました。この構図はどこかで見たことがあると思いませんか。そうです、絵葉書になって、あまりにも有名な地点からの富士山です。


東京から見てると、いつも同じ顔?のようですが・・・・・、  しかし、この壮大な眺めは、この絶好の地点ならではの構図ではないでしょうか。


これも同じ地点から、五重塔周りの異なる地点からの構図です。この日は天気は100点満点とは言えませんでしたが、でもこれで十分に行った甲斐のある絵だと思いました。この地点が最もにぎわう時期は、やはり桜の咲くころのようです。休日などに行くと駐車場が満杯で渋滞するというのも頷けます。


さて、ここは絵葉書の名所、そして外国人にもその名が知れ渡っている新倉公園の上の「忠霊塔」です。
忠霊塔(五重塔)まではこの階段を登らないと行けないところですが、登ったところの絶景は絶対満足すると思います。
階段を登り切って塔の前に立つと、階段のことなど、すっかり忘れて富士山の美しさに魅了されてしまいます。


富士山に向かって左手の方角を望むと、こんな街並みが連なっています。最も近い、「河口湖IC]方面です。
忠霊塔までは河口湖ICから10分程度です。


もう少し暖かくなって、桜の花の咲くころ、平日の早朝が狙い目のように思ったので、是非行って見ようと思います。
花がなくても、充分に楽しんで来られたので、桜が咲いていれば、まさに絵葉書のような光景が実見できますので・・・。






  • 初詣はどちらへ??  この橋の付近は「是政」、地名の由来は・・・。




     明けましておめでとうございます。
     今年もよろしくお願いします。多摩川にかかる是政橋から富士山を望んで見ました。
     この富士山のように美しく壮大に、健康で楽しく過ごせる一年となるよう、頑張って生きたいと思います。



     これは是政橋から府中方向を望んだところです。正面(右下)に見えるのは東京競馬場のスタンドです。

     ところで、この付近の地名「是政」は戦国時代の武士の名前に由来していることを、ご存知でしょうか?
     時々、我が家宛ての郵便に「是正(ぜせい)」などと間違えて書いてあることもあるので、ご存知でない人もいると思われるので、少し解説して みます。


     東京競馬場の南側から多摩川にかけての地名「是政(これまさ)」は、井田攝津守是政(いだせっつのかみこれまさ)という人名に由来して   いると言われています。井田是政は戦国時代に北条氏に仕えた武士で、八王子城にいましたが、豊臣秀吉の小田原攻めで北条氏が滅びた 後、府中に落ち延びて戦乱で荒れ果てていたこの地を開墾し領主となったので、ここを是政と呼ぶようになったという、伝説的な人物です。 



     是政橋から徒歩10分ほどのところに、この「是政」を祀ったという八幡神社があります。
     初詣には、是非この八幡様を参りながら昔のことを振り返ってみては如何でしょうか。


     この神社の境内には「地名に残る井田是政」という、郷土カルタの標識が立っています。



     さて、その井田家ですが、上の地図で分かるように東京競馬場の中に墓所があります。「井田是政墓」として都の旧跡に指定されています。 1933年、目黒にあった競馬場が府中に移設される際、井田家の墓も強制移転を迫られましたが、子孫が「先祖の墓の上を馬が走るなどは  許さん」と日本刀をふるって抗議したので、そのままここに残されることになったそうです。今でも競馬場の第3コーナー付近にありますが、  この辺での落馬事故が多く、競馬ファンの間では魔の第3コーナーとして恐れられているそうです。